伊万里焼!史跡「大川内鍋島窯跡(大川内山)を観光(佐賀)

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2泊した武雄温泉をあとにして、秘窯の里「大川内山(おおかわちやま)」へ向かいます。
「伊万里焼の窯元がある」という予備知識を胸に、レンタルバイクでお邪魔しました(* ̄ー ̄*)




1.大川内山のざっくりとした歴史

2.大川内山へのアクセス

3.「めおとし」「唐臼」の音で磁器を感じる

4.大川内山のメインストリート?鍋島藩窯坂を散策

5.秘窯の奥へ!登り窯は必見

6.大川内山でランチ♪伊万里牛のカレー

7.佐賀旅ざっくり地図


1.大川内山のざっくりとした歴史

佐賀の「やきもの」のきっかけは、豊臣秀吉の朝鮮出兵でした。
7年に渡る出兵は秀吉の死とともに、日本軍の撤退で終了。
このときに、多くの大名が朝鮮半島から陶工を日本に連れ帰ります(; ̄ー ̄A
佐賀藩の鍋島直茂(なべしまなおしげ)も例外でなく、陶工を日本へ連れて帰りました。

連れて来られた陶工たちは、有田に定住し、磁器の製法に磨きをかけていきます。
佐賀鍋島藩(当時)は、1610年代に肥前有田で、国産初の磁器生産に成功し、1640年代には、、日本初の色絵磁器を生み出したとされています。
その後、藩は磁器生産を大切な産業と育成し、1670年代には肥前磁器の製作技術の粋を結集して、大川内山に御用窯を開設しました( ̄ー ̄)o゛

大川内山でつくられた焼物(色鍋島・鍋島青磁・鍋島染付)は、将軍や諸大名への献上や贈答等を目的とした特別のものでした。
そのため、市場へ出回ることはありませんでした。
技法は、関所をつくり、人の出入りを制限してまで守りました。

有田で作られた磁器が伊万里港から積み出されたので、有田焼は「伊万里焼」「伊万里」と呼ばれるようになりました。
こうした400年の歴史の中で完成された伊万里・有田焼は一般的に「古伊万里」「柿右衛門」「鍋島」の三様式に大別されます。
鍋島は、その精緻な造形美と優雅な風韻から天下の名品とされ、美術史的な評価が高いそうな。
そのような価値が認められ、大川内山は、2003年に国の史跡に指定されました。

2.大川内山へのアクセス

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2-1.自動車・バイク

自動車(バイク)で大川内山アクセスするなら、駐車場のある「伊万里鍋島焼会館」を目指しましょう。
駐車場に自動車(バイク)を停め、窯元を徒歩で散策します。
駐車場にある大きな地図も、磁器なのです

武雄温泉からだと、30分強
佐賀駅からなら1時間から1時間20分
佐賀空港からだと1時間10分から1時間25分

2-2.公共交通機関

電車や、バスで大川内山へアクセスしようとすると、かなり不便です。
松浦鉄道西九州線「伊万里駅」からバスがでていますが、本数が少ない上、帰りの「大川内山」からは、早朝に1本バスがあるのみのようです。
バスに乗りさえすれば、20分ほどで到着するのですが。
伊万里駅までは電車で、伊万里駅から大川内山までは、タクシーで行くのがよいかもしれません。

▼西肥バス|時刻表
http://qbus.jp/cgi-bin/time/menu.exe?pwd=hs/menu.pwd&mod=T&comp=003&area=&from=000G01824&to=003002672

3.「めおとし」「唐臼」の音で磁器を感じる

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まずは、駐車場からくだって「関所跡」方面へ
藩窯の秘法を守るため、関所が設けられ、藩窯関係者以外の出入りは禁じられたとか。

磁器の破片が敷き詰められた道を歩き「陶工橋」をわたると
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「めおとしの塔」から、風もないのに涼しげな音が聴こえてきます。

何でも、鍋島藩窯時代から焼き物を叩いてその音色で選別しており、その技を「めおとし」というそうな。
その技を先端技術のICを使い再現したのです。

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こちらは「唐臼小屋」を再現したものです。

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陶石を細かく砕くため水の力を利用した大型の臼です。
大川内山には、鍋島青磁の原料となる青磁鉱が豊富にあり、これらを唐臼で砕いて格調高い名品を生んでいるそうな。
昭和40年代はじめに姿を消してしまったものを、往時をしのび再現したそうな。

「磁器」というと、実用をしつつ目や手で愛でるもの、というイメージがありますが、耳でも楽しめるのですヽ( ̄ー ̄ )ノ

4.大川内山のメインストリート?鍋島藩窯坂を散策

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磁器が施された「鍋島藩窯鏡」を再びわたり、窯元が集まっているエリアへ。

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煙突のある風景と、昔ながらの街並がすてきです

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まあるい窓が、かわいらしいこと( ̄m ̄*)
後ろに迫る「とんご岩」「屏風岩」も、なかなか風情があります。

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清正公堂。
18世紀中頃、鍋島藩御用窯の陶工達の中の熱心な日蓮宗の信者が同じく、日蓮宗の信者だった加藤清正公をお祀りしたお寺を建立したのだとか。

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煙突から、樹木の枝がお顔をだしていました。
多くの観光客は、このあたりで引き返し、窯元で磁器を吟味したり、をひやかしたりしてきた道を帰っていきます。

好みにもよるでしょうが「鍋島藩窯坂」を見ただけで帰るなんて、もったいないヽ( ̄ー ̄ )ノ

5.秘窯の奥へ!登り窯は必見

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天神橋にも、磁器の装飾が施されています

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鍋島藩御用窯の細工人、柴田善兵衛が元禄7年、この地に建てた先祖の供養碑(大乗妙典碑)を地元ではお経石と呼びました。
それが、この窯跡の名称の由来です。

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どれだけたくさんの「窯」があったのでしょうか?

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川沿いには、ごろごろした石が敷き詰められ、岸壁には、伊万里が装飾されています。
トンバイ橋の煉瓦の積み方が優雅なこと。
このあたりは、紅葉の名所なので、その時期に訪問するのもよさげです。

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窯元方面におりて「登り窯」までやってきました。
「どうして階段状に窯をつくるんだいヽ( ̄ー ̄ )ノ」と素人考えをし、それでも気になったので調べました。

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陶磁器等を大量に焼成するために、炉内を各間に仕切り、斜面等地形を利用し重力による燃焼ガスの対流を利用して、炉内の各製品を焼成時に一定に高温に保てるよう工夫をしたのだとか。
平らな土地がなく、仕方がなく斜面につくりました!ではないのです。

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焼き物広場には、磁器でつくられた玩具がありました。

6.大川内山でランチ♪伊万里牛のカレー

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あまり宣伝をしておりませんが、伊万里鍋島焼会館には、軽食・喫茶コーナーがあります。
そこでは、伊万里焼きの器で、コーヒー飲めたり、伊万里牛のはいっているカレーを食べることができます。

昔は一般人が手にすることができなかった器で、食事と洒落てみては?

7.佐賀旅ざっくり地図

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